先日、友人がSNSで「ダメじゃなく嫌は言う」と発言していて、大きく頷いてしまいました。
「ダメ」という禁止が多い環境で育つと、「イヤ」が言えなくなります。
「イヤ」と言うのは「ダメ」なことと、学んでしまうからです。
「イヤ」と言わないだけなら、まだいいのですけれど
「イヤ」を我慢するために
「イヤ」と感じてはいけないものとして、「イヤ」を失くしてしまおうとすると
その「イヤ」は、自分の中でどんどん抑えつけられてしまいます。
そして、それでも「イヤ」と感じる自分に「ダメ」出ししたりしてね。
また、他者への「ダメ」出しになる場合もあります。
「イヤ」は「イヤ」です。
理由は必要ありません。
誰かを説得しなくてもいいんです。
わたしは「イヤ」だ!
それでいい。
もちろん、「イヤ」でもする必要のあることはあります。
だからといって「イヤ」と言ってはいけないわけではないのです。
「イヤ」だーーー!と言いながら行動してもいいわけです。
たとえば
新聞紙を丸めてゴキブリを叩いた。
それを拾って捨てなきゃならない。
「イヤ」だーーー!と言いながら、ティッシュで拾ってゴミ箱へで、いいわけです。
自分の「イヤ」を大切に扱うこと
失くそうとしないで、抑えつけないで、わたしは「イヤ」なんだなぁって、そのまんま大切に扱うこと。
そうすると
自分への「ダメ」も他者への「ダメ」も減っていって軽くなっていけると
わたしは思うのです。