「よかれと思って」は的外れなことがあります
長男が赤ちゃんのときのことです。生後8か月くらいだったと思います。
当時は、チャイルドシートの義務づけはなく、子どもを膝に乗せて運転している人もいたくらい。
(家族旅行では後部座席をフラットにして、お布団を敷き詰めて、子どもたちはそこでカードゲームしたり、寝たりしてました。いやぁ~、のんびりした時代でしたね。)
そんな時代の中、助手席で赤ちゃんを抱っこして車に乗るというのは、極々あたりまえのことでしたが、子どもがご機嫌なら後部座席のチャイルドシートをに乗せていました。
ある日のこと
1号が眠そうだったので、「チャイルドシートに座らせるのはかわいそう。わたしが抱っこした方が寝やすいだろう。」と思い、助手席で抱っこしていたんですね。
そう。わたしは「(息子にとって)よかれと思って」抱っこしていたんです。
ところが、山道にさしかかったところで、1号がむずかり大暴れ。車の中で転がって怪我をしたら大変です。「かわいそうだけど、怪我をするよりはいい」ということで、後部座席のチャイルドシートに。
そして、車を発進させると、なんと!息子は即寝!!
ごめんね、、母の勝手な「よかれ」を押しつけてました、、(^-^;
親の「よかれ」なんて、勝手な思い込みにすぎないと0歳児に教わったのです。その子にとって何がいいのかは、本人に教わればいいんですよね。
そして、これは親子に限ったことではないです。
相手に対して「よかれと思って」行動することは悪いことではありません。そこには思い遣りがありますからね。
ただ、そのとき相手の反応をちゃんと見ることです。そして、どうやら違うようであれば、修正すること。
「よかれ」が的外れなことはあります。それは恥ずかしいことではありません。的外れだと認めて修正すればいいだけのこと。
自分の「よかれ」に拘り過ぎず、相手がどう感じているのかを大切にして気遣えるといいですね。
そして、相手が「よかれと思ってくれたのだから」と我慢しすぎないで、「ありがとう、でも、それは要らないの、ごめんね。」と断ることも大切なことだし、そこに罪悪感を持たなくてもいいのです。気持ちだけもらっておけば十分なのだから。