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  1. 依存と共依存D 最終回 「そのまんまで愛される価値がある」
 

依存と共依存D 最終回 「そのまんまで愛される価値がある」

最終回です。

パートナー間の依存・共依存についてが
最も顕著でわかりやすいので
パートナー間の関係性として、お話します。


両者が自律していない、依存・共依存関係のパートナー同士というのは
ある意味、安定しています。
お互いがいればこそ
それぞれが自分を認められる状態だからです。

そして
同時に真逆のことも起こっています。
どこまでいっても不安が拭えないのです。

自律していないというのは
自分の内側で常に愛情の渇望状態が起こっていて
それは、外側からの愛情だけで潤うことがありません。

一時的に潤うことはありますが
すぐまた、渇望してしまいます。

愛情を受け取る器をイメージしてください。
その器に大きな穴があいているので
一時的に満たされたとしても
すぐに水位は下がって、空になってしまうのです。


依存する側は
相手が要求を叶えてくれたとしても満足しません。
さらに、要求はエスカレートします。
相手の事情を省みず
自分の理想のパートナー像を押しつけます。

「○○してくれたら嬉しい」
ではなく
「○○してくれないなんて、自分を愛してないからだ。自分のことなんてどうでもいいんだ。」
と、思ってしまう。


共依存側は
相手の役にたっていること=自分の価値なので
相手の要求を、どんどん叶えようとします。
けれども、どんなに叶えても満足しません。

「相手の役にたたない自分では愛されない」という思い込みがあるので
相手が安定すると不安になります。

自分と無関係なところで相手が幸せを感じると、喜べない。
「自分なんて、もう必要ないんだ」と感じてしまい
その状態に耐えられない場合
無意識に、相手を不安定な状態に戻したくなります。


これがエンドレスに繰り返される関係に陥ってしまうのが
依存・共依存関係のパートナーです。

だから、トラブルがたえない。
穏やかな関係が長続きせず
同じようなことで喧嘩してしまう。


それはそれで
「喧嘩するほど仲がいい」という解釈で
お互いに幸せであれば、問題ないと思うので

繰り返し言いますが
依存・共依存関係もありだと、わたしは思っています。


ただし
自分自身を愛せない状態であり
そこからくる不安(酷い場合は、恐怖)とつきあっていくことになります。

そして
そこに気づいて、その不安や恐怖から抜け出そうとした場合
人は自律へ向かいますが
片方が自律へ向かったとき
パートナー間のバランスが崩れます。

そこで、共に自律へ向かえると
きっと最高のパートナーになれるのだと思います。

これは、わたしの臨床経験にすぎないのですが
多くの場合は、バランスが崩れて別れが訪れます。

そこに愛があったからこそ
辛い別れになります。

たとえ依存関係であっても
その人だからこそ、パートナーとして選んだのですから。


それでも
自律し始めた側が
依存から抜けられない相手の依存を断ち切る必要がある。
それが
結局は、双方の幸せへの道だからです。

愛しているからといって
全てが赦されるわけではありません。

愛だけでは解決しないことが、実際にあるのです。
それは
自分自身を愛することができていない状態の「愛」だからです。


【I am OK. You are OK.】

「I」が先なんですよ。

どんなあなたも愛されていい。

好ましいところも嫌悪するところも、ある。
優しいところ、冷たいところ・・・
おひとよしなところ、ずるいところ・・・
強いところ、弱いところ・・・
清らかなところ、汚いところ・・・
それでいい。

そんなあなたは
そのまんまで
愛される価値があるんです。